30代独身。東京から秋田へUターン移住する。

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2021年春。十数年住んだ東京を離れ、出身地である秋田県へUターン移住しました。理由は嫁ぐから、ではなく、そのような流れになったからです。

長年住んだ場所を離れ、なぜ生まれ育った場所へ帰るのか。忘れないように書き留めておきます。

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東京で暮らす理由がなくなった

そもそも、東京で暮らすようになったきっかけは、就職。どうしても入りたい会社があって、その求人が関東にしかなかったので、上京しました。

憧れだった会社に入り、憧れだった都会暮らしを経験し、自分がブランド化されたような気持ちになったのを覚えています。だけど、そんなキラキラな期間は長くは続かず、幾度となく病み期が訪れ、3度転職をしました。

キラキラしたレストランで食事して、お酒飲んで楽しい日もあったし、彼氏とディズニーランドに行って幸せな日もあった。

東京は、常に最新のものが手に入ります。洋服、コスメ、映えスポットへ容易にアクセスできるのが魅力だと思っていました。

新しいビルができて、『日本初上陸』のお店が入って、飽きられて廃れて潰れて、そしてまた新しいスポットができる…

あれ?なんかその繰り返しじゃない?

誰かが生み出してくれる刺激物をただ待っている状態で、自分で面白いものを生み出すことはできず、「なんか面白いことないかなぁ」と、文句を垂れ流す毎日。

そんな自分がイヤだったし、環境に甘えてる場合じゃないと思い始めました。

自然に囲まれた場所で暮らしたくなった

2017年5月から数カ月間、オーストラリアに滞在していました。そのときはワーキングホリデービザを利用したので、働きながら遊ぶ最高の生活。29歳でした。

そこで感じた自然や動物とふれあえる喜び。2か月間のテント生活では、娯楽施設のない山奥で、友人との時間だけが楽しみ。

遊園地やファッションビルがなくても、心から楽しんでいる自分がいたのです。

それを日本でもやってみたいと思いました。

家族が今まで住んでいた一軒家を手放すことに

築五十年以上の老朽化した木造二階建て。割れた窓ガラス、腐って抜けた床、ボイラーは壊れてお湯が出ない。

そんなボロ家をついに手放すことになるのです。もうその家には誰も暮らしておらず(暮らせず)、祖母は老人ホーム。母はアパート暮らしをしていましたが、この機会に一緒に住むことになりました。

数年前から「ここで暮らせたらいいね」と2人で妄想していた街。そこに引っ越すことになりました。

感染症対策で自由に動けなくなった

東京の魅力の1つは、日本全国、世界各国へのアクセスが日本一便利なところ。

それが、あのウイルスの大流行によって、その恩恵を受けられなくなりました。

旅行が大好きで生き甲斐と思っている私にとって、それはそれは辛く苦しい日々。

「いつになったら出られるの?」モヤモヤしていました。

そんな時期に地方移住なんて、難しいかと思っていましたが、逆に「今やらなきゃいつやるの?」という気持ちが湧き上がってきます。

「いつか…」なんて待っていたら、何年過ぎてしまうか分からない。すぐに新幹線を予約し、部屋探しのため秋田に向かいました。

そこからはトントン拍子で決まっていきます。もうそこに住むことが決まっていたかのように。

2022年現在の暮らし

秋田を拠点とし、東北各地や東京・大阪など、自由に旅行することができています。

拠点が秋田では移動しづらいのでは…そんな懸念点もあったのですが、実際はなんとかなっています。

秋田空港は東京、大阪、北海道、愛知への便があり、新幹線で仙台や東京も気軽に行くことができます。

欲しい物はネットで購入したり、東京など都会に行ったときにまとめ買いしています。

普段は秋田でのんびり、ときどき都会で刺激を受ける、その生活スタイルが理想的でずっと憧れてきたこと。

それが叶って大満足です。

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