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インナーチャイルドヒーリングをセルフでやってみた

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両親との関係性や幼少期のネガティブな思い出。これらが思考や行動のブロックになっていることに気付きました。自分の中の小さな自分。インナーチャイルドを癒やして、幸福の流れにスムーズに乗りたくて、ヒーリングワークに挑戦しました。

主に誘導瞑想をしながら、イメージの中でチャイルドとコンタクトを取ります。各年齢・学年別のチャイルドに向き合った記録をまとめました。

保育園 年中

何歳の頃の自分に会いにいくか、何も考えてなかったんだけど、パッと浮かんだのが保育園の年中さん時代。会う前から涙が溢れてきて、正直なところ会いたくなかった。見たくなかった。

胸骨というのかな?肋骨かな?
あばらがギューッと締め付けられて痛くて苦しい感覚。今の私が漏斗胸気味なのはその影響もあるのかな?なんて考えちゃった。

会いにいったらこどもの私は保育園に居て、紺色の制服を着て、正方形の絵本を読んでいた。大人の私が泣いていたから、こどもの私は戸惑いながらこっちを無言で見ていた。

「30年後のめぐちゃんだよ」と伝えたら、ちょっと時間が経ってから理解してくれた。

「今まで放っておいてごめんね。助けてほしいこととか、思ってることがあったら何でも言ってね。」そう伝えると、「家に居場所がない。家族が他人みたいに感じる。」だって…。

だから保育園にひとりでいたのかな?

その頃から自分を解放できなかったんだね。苦しかったね。

そう伝えたけど、こどもの私の方が大人なのか、一切泣かずに淡々とそれを教えてくれた。

周りの大人たちに余裕がないことも解っているみたい。

「何かやりたいことはある?見ててあげるから一緒にやろう?」と声をかけると「歌いたい」と言ってきた。頻りに「歌いたい」と訴えてくる。大きな声を出したいって。

「大きな声で歌っていいよ」って言ったんだけど、こどもの私は歌わなかった。「いい。」って。

めちゃくちゃ拗ねてるー!

だけど私がそこを離れるまで「歌いたい」「大きな声を出したい」っていう小さな声はずーっと聴こえていた。そしてこどもの私を今の私の中に入れて光で包み、深呼吸して浄化した。

今回は15分くらいで終わってしまったけど、また何度も何度も会いに行こう。

実は過去の私に会いに行ったのは初めてではないんだ。

1年半前くらいに、3〜5歳くらいの私に会いに行っている。

それはヒプノセラピーのひとつ、過去退行療法を受けたときなんだけど、そのときも完全に癒やされずに終わってるんだ。めちゃくちゃ時間がかかるから、1回じゃ無理だった。しかも、かなり拗ねちゃってる保育園児の私を癒やすのは結構大変。頑固者だし。

だけどちょっとずつ、ちょっとずつ、優しくて安心に包まれた保育園時代だったと記憶を書き換えよう。もう悲しい記憶を握りしめていなくていいからね。

2歳

小さな私に会いに行ったら、今日は2歳半くらいの私がいて、シャベルで土を掘って遊んでいた。コンポストの土を掘って遊んでる35歳の私となんら変わりない。

だけど、2歳半の私はなんにもジャッジしていなかった。

ただただミミズを見て「なんだこれ?」って疑問に思ったり、「手に土がついてるな。」って思ったり、服が汚れるとかそんな心配もせず、泥々になって遊んでいた。それを見ている私の方が「お母さんに怒られちゃうんじゃない?」ってビクビクしている。

彼女の手を握ったり抱きしめたりしても、彼女はただ「あったかいなぁ」とか「やわらかいなぁ」とか感じているだけだった。

別に35歳の私のことをなんとも思っていない。「会いにきたよ」って言っても、「ふーん。そうなんだ。」ってアッサリした感じ。嬉しいとか、わざわざ申し訳ないとか無い。当たり前か。深読みしたり、疑問に思ったりしない。ただ私の言葉を受け取っている。

ピュアだな~
超意識に繋がったときの私もピュアだったな〜

今日は2歳の私をインストールして
過ごしてみるか!

小学4年生

今回会えたのは小学校4年生の私。不登校になった頃かな。

彼女は当時の教室の1番前の席で”良い子“にして座っていた。ずっと笑顔で、良い子にしていた。未来から来たことを告げても笑顔。何を考えているのか分からない。感情をなくしているのか、ころしているのか。

4年生の私にね、昨日ノートに書いて気付いたことをさっそく伝えてきたよ!

「あなたのおかげで私は文が書けているよ。原動力になっているよ。不登校という選択をしてくれてありがとう!学校を休むのにはとても勇気がいったよね?怖かったよね?だけどそのおかげで、私は私を表現する術を手に入れられたよ!『学校に行かない』という行動をしてくれてありがとう!感謝してるよ!尊敬してるよ!」って。

また涙が溢れてきた。そして4年生の私を光と深呼吸で浄化して終了。

これ、ワークを繰り返していて思ったのだが、イメージ内の子どもの私がワークを通して成長しているんじゃないかって。

なんでかってね、4年生の私はもっと傷ついてドでかいダメージを受けていると思ってたんだ。だけど、そうでもなかった。

それってつまり、昨日の朝までに会った2〜4歳の私が既にヒーリングワークで癒やされていて、その状態で4年生へ成長したから、傷が深くならずに済んだのかな?って。そんなふうに推測した。

以前観たヒーリングの動画では、「20歳から母胎にいるときまでの自分をひとりひとり癒やしましょう」と言っていたから、あと16,7人だね。

小学6年生

今日は不思議な光景をみた。

過去の私は小4〜中3まで不登校で、その頃はほぼ毎日のように泣いていて笑顔だった記憶がない。

だけど、さっき私の前に現れたチャイルドは12歳くらいで、おそらく小6(お花を摘んでいたか、愛でていたか…)。

中学入学に向けてピリピリしている頃だな~って、こっちの方が身構えちゃったんだけど、予想外に満面の笑みだった。しかも、不登校じゃない!ちゃんと学校に行って、友達と楽しく遊んでいると教えてくれた。

あれ?そんなことある?

不登校時代を思い出して過去の自分に会いに行ったら、学校行ってましたって、そんなことある?笑

これ本当に、過去が書き換わっちゃうよ?潜在意識が書き換わっちゃうよ?

私、不登校じゃなかったの?

当時の通知表には担任の字で不登校だった事実が実際に書いてあるんだけど、私の記憶にくっついた感情はあたたかいものに書き換わっている。やっぱり、昨日感じた「意識の中のチャイルドが成長している…?」は、勘違いじゃなかったんだ!

んでね、ここで私は不安を抱くのです。「あー、もう書けなくなっちゃう」って。

私はこれまで感じてきた不安や悲しさを書き残したかったんだ。だから、あの頃の感情を手放せなかったんだ。それに改めて気付くことができた。

チャイルドに「家族との関係はどう?」と聞いてみた。

私の記憶では、両親の仲はあまり良くなかったのだが、それは変わらないそう。「相変わらずケンカしてるよ。」って教えてくれた。

「だけど、別にどうでもいい。それより、学校が面白いから!」って。

それを聞いておとなの私はまた号泣。良かったねぇって。

最後に「これからも楽しんでね!」って伝えた。そしたら、「うん!めぐちゃんもね!」って言ってくれた。

やだー、おとなの私。楽しむことを忘れてる。

真面目に、ちゃんとした人になろうとしてた。

もういいかげん、諦めよう。
ふざけ倒そう。遊び尽くそう。

これ、忘れがち。

高校1年生

16歳の超絶テンションの高い私がそこに居た。おそらく高1。

1学期は学校を休みがちだったけど、2学期からはほとんど休まず通ったんだ。

イメージの中にいる16歳の私は、黒髪をポニーテールにして、しゃがんでいた。

話しかけたら、「また会いに来てくれたんだね!」って嬉しそうに笑った。そして未来から来た私に質問攻め!笑

16歳「ねぇ、私東京に行きたいんだけどさ、行ける?」
「行けるよ!」
16歳「本当!?やったー!」
「外国も行けるよ」
16歳「えー!結婚は?してる?」
「んー。それはどうかな。笑」
16歳「えー!」なんて、普通に楽しくおしゃべり。

そしてハグをして、お互いをただ感じる。彼女が未来をとっても楽しみにしているのが伝わってくる。彼女の夢「東京に行くこと」を4年後に叶えてあげられたことが嬉しくて、自信に繋がった!

この1週間、ずっとイメージワークをしているせいか、現実とイメージの区別がつかなくなってきた。何が真実で何が真実でないのか、なんか分かんないけどどっちでもいいやという感覚。笑

都合の良い方を真実にしちまえという感じ。

今日は、バイト中の身体と心の感覚がいつもと違った。肉体という着ぐるみをかぶった私の魂は、イキイキとしていて今までのようなヘナチョコな感じがしない。ちょっとでも強い口調で注意されたら泣いてしまいそうな脆さ。

それがどこかへいってしまったようだ。単純に仕事に慣れたせいもあるかもしれないけど、内側の感覚が違うのは確か。なんの根拠もない自信がある。

それは「(仕事が)できる」自信というより、「私である」という自信。

うまく言えないけど、背骨に沿って木の棒を差し込まれた感じ。シャキーン!みたいな。そんな感じ。

17歳

今までチャイルドに会うときに開ける扉は茶色だったんだけど、今日は白だった。

チャイルドは17歳。私より背が高くて、腰くらいまである長い髪の毛が印象的。私に対して後ろ向きで立っていた。

もはや”私”ではない。私なんだけど、私じゃない。『擬人化した私の魂(子供時代)』って感じ。

声をかけたけど振り向いてくれなかった。「どうして?」と聞くと、「いやだ!」の一点張り。他人にも私自身にも心を開いてないみたい。

何か、受け入れられない感情が伝わってきた。自分のことが気持ち悪い感覚。

これは私がしょっちゅう味わっていた感情だ。

もうね、それの塊みたいな子。

顔も見せてくれなくて、後ろからそっと抱きしめた。そして「大丈夫だよ」って繰り返し伝えた。

彼女は顔を手で覆って泣いていた。自分を受け入れられない悲しみ。人から愛されない悲しみ(それは勘違いなんだけどね)。

その悲しみを手放せなくて、ぎゅーっと握っている。それを放したくないみたい。そこに浸っていたいみたい。そう感じた。

別れ際にちょっとだけ顔を見せてくれたけど、グシャグシャに泣いていた。

何がベストか分からなくて、大丈夫としか言えなかった。「また会いにくるね」と伝えて今に戻りました。

んー。

悲劇のヒロイン、やっちゃってんなー。と思いつつ、その悲しみを持っていたかったら持っていてもいいのかもしれない。別にわざわざ排除しようとしなくていいのかもしれない。そう思えた。

今まで会ったチャイルド・3歳、4歳、5歳、10歳、12歳、16歳、みーんな違う想いを持っていたんだ。

もう1回会いに行ったら変わってるかもしれないけど、変わらなくていいとも思えた。

無意識にマイナスをプラスにしたくて必死になってたけど、悲しみとか怒り、それらもあるから色鮮やかで豊かな人生なんじゃないかなって。それらも含めて、「まるっと人生楽しんでるじゃん!」と思えた。「まぁ、そういうときもあるよね」って。

悲しみごとチャイルドを受容できた気がする。

お。
なんかゼロに戻れたぞ。

なんとなく、「陰キャは嫌われる」みたいなジャッジをしてきちゃったから、一生懸命に陰を排除しようとしていた。だけど、陰キャな私にしか出会えない、陽キャの友達ができたり、陰キャなドルヲタと繋がれたり、楽しい出会いだってたくさんあった。

別に私、変わろうとしなくて良かったんじゃね?

ただ受容すればいいだけの話だったんじゃない?

これも私。これが私。って。

私を受け入れてくれなかったのは他人ではなく、私だったんだ。いつも周りから否定されてると感じていたけど、原因・私じゃねぇか。

私が私を抵抗せず、包み込んで優しく抱きしめよう。

働かないこと、親のスネをかじること、借金をすること、これら全部悪だとジャッジして、自分を悪人にしてしまった。

働かなくてもご飯が食べれること、スネをかじれる親が存在していること、借りられるお金があったこと、全部幸せじゃねえか!!なんてラッキーなヤツなんだ、私って!

あぁ、なんだか眉間あたりがモゾモゾ動き出してきたぞー!

見方を変えると全然違う自分になれちゃう!

4~5歳

こないだは1週間くらいほぼ毎日ワークをしていて、号泣してヒリヒリしてしんどくなったから、しばらく休んでいたんだ。

イメージの中の小さな私は、ワークを繰り返す度に明るく成長してくれて嬉しかったんだけど、
現実の私は重たくてしんどくて仕方がなかった。春分とか新月とか、その影響もあったのかな?

どうにか抜け出したくて、やっとちゃんと向き合う覚悟をきめる。今日はその重たい感情にどっぷり浸かって、身体のこわばってる部分に隠れているチャイルドを探した。

そしたら、脇の下〜胸筋にかけての筋肉のスジの中にいたのを発見。4〜5歳の私だった。やっぱり保育園時代の私の傷は深い。

小さな私はしゃがんで顔を隠していて、なかなか出てきてくれない。大丈夫だよって言っても「やだ!」の一点張り。どうしてそんなに嫌なのか聞いてみたら、もう怒られたくないんだって。大人=怒るってインプットされてるみたい。これは今でもそう。

おそらく令和の、今の時代ならアウトな子育て。叩いたり監禁したり、”the昭和”なウチの親父は当たり前にそんな教育だった。大声を出せば怒られて、言うことを聞かなきゃ怒られて、下の兄弟が優先で、私は要らない子だと本気で思っていた。何をしても褒められなかった。

ただ褒められたい一心で、不登校でも勉強にはめちゃくちゃ真剣に取り組んで、テストで学年1位や100点は何回も取ったけど、1回も褒められたことがない。

頭では分かるよ。どうしてそういう教育方針だったのか、本当はちゃんとかわいがってもらえてたってことも。おかげで勉強できたし。悪いことばかりじゃない。

だけどまだ満たされない想いがあって、怒られないかビクビクしてしまって、人と関わりたいと思えない。そんな自分がいる。

褒められてもウソだと思ってしまう。いくら結果を出しても満たされない。そんな想いが涙になってドバーっと溢れた。

こりゃあ何回も何回も保育園児の私に会いに行かなくては。なかなか傷がふけぇぞ。これと向き合うために関西旅を強制終了させられたのだろうか。

過去なんて関係ないって、頭では分かっていても、傷が疼く。

悲劇のヒロインぽくて、こんなこと書いてる自分かっこ悪いなーと思いつつ、書いてこの気持ちを成仏させたい。そんな気持ちもある。

もういっそ涙が枯れるまで、このワークを毎日繰り返してみようかしら。

3歳

さっきイメージワークをして会えたのは3歳の私。しゃがんで寂しそうにしていた。

「どうしたの?何か言いたいことはある?」と聞いたら、「言ってもいいの?」って。我慢してたんだね。

家族6人で住んでいたのに孤独感があったみたい。寂しかったんだね。よく我慢したね。もう我慢しなくていいよ。本当はどうしたかったの?本当はどうしてほしかったの?

話を聞いてほしい。もっと遊びたい。もっと父ちゃんと母ちゃんと一緒にいたい。

弟が生まれてから、甘えられなくなっちゃったんだね。物理的に親から離されちゃったから、一緒に居られなかったもんね。いいよ。一緒に遊ぼう。

3歳の私と絵本を読んで昼寝をした。少し安心したのか、ホッとした表情に変わっていた。

イメージの中で幼少期の私に何度か会っているけど、まだ、顔を見るだけで涙が出てくる。

許せるとき、癒されるときが本当にくるのかな?って心配になるけど、潜在意識は繰り返しに弱いのだ。何回も何回も会って、幼少期の私に心の中をさらけ出してもらって、「言っていいんだ」ってことを上書き保存すればきっと大丈夫。どんどんオープンハートになっていくよ。

小学5年生

昨日も寝る前にチャイルドに会いに行ったんだ。あじまんを持って(「あじまん」は山形発祥の大判焼き)。

小学校5年生の私が、眉間のシワの筋のところに隠れていた。今までとは様子が違うくて、周りに同級生が8人くらい居たの(今までは森の中にポツンと一人で居た)。

私には、その同級生たちはめぐちゃんと喋りたくて何か待ってるように見えたんだけど、5年生のめぐちゃんは「イジメられてる」と感じているみたいで。あじまん持ってったけど、食べてくれなかった。

んで、ワーク中に寝落ちしたから、癒せぬまま終わっちまった。

だけども、5年生のめぐちゃんの大勘違いが分かってスッキリ!嫌われてると思いこんでたけど、みんな私と喋りたかったんだね。

「学校においでよ」って言ってくれてたもんなぁ。

プリントとか、余った給食とか、家に持ってきてくれて、他愛もない話して…みんな良い子ばっかりだったんだな。勝手に嫌ってごめんね。

過去も未来も他人も全部繋がっている。だから、あの頃のクラスメイトにも謝りに行こう。初めてそう思えた。

毎日毎日、私の記憶が書き換えられてく。

毎日毎日、誤解がとける。

心が軽くなっていく。

6歳

会社員時代、躁うつや自律神経の乱れから会社を休むことが多かった。目眩、お腹と頭の気持ち悪さ。昨日から突然始まった体調不良の症状はその頃と似ている。

特に気が滅入るようなことなんてないのに。不思議だ。心と身体のモヤモヤから早く脱却したくて、今日もインナーチャイルドに会いに行く。

脇の下に潜んでいた6歳くらいの私。姿は見えないけど、年齢と表情を感じる。

こちらを睨みつけている6歳の私。ムスッとして怒っている。

その理由は、自分の話を聞いてもらえないから。聞いてもらえたとしても、否定されるから。いつもそうだ。

そう思って父に対して怒っている。本当はどうしてほしかったの?そう聞くと、「一緒にバラエティ番組を観て笑いたかった」と。

うちの父ちゃんはテレビでニュース番組か野球中継しか見ない。お笑いなんか特にキライで絶対に居間のテレビでは見せてくれなかった。

だけど6歳の私は居間のテレビでバラエティ番組を観て、家族みんなで笑いたかったみたい。

6歳の私に寄り添ってバラエティ番組を一緒に観る。だけど途中で離れていく6歳の私。向かった先はいつも父ちゃんが座っていた場所。本当はもっと父ちゃんに甘えたかったみたいだ。イメージの中で父ちゃんにハグをする。涙が流れる。私はこれを求めていたんだ。

褒めない。笑わない。冷たい。怒る。

そんなイメージの父ちゃんだったけど、大好きだったし、大好きだって伝えてほしかった。「私のことが邪魔なのかな?可愛くないのかな?」6歳の私はそんな風に感じていた。

以前ヒプノセラピーで父と繋がって、本当の気持ちを聞いたことがあるんだ。そのときは「どうしたらいいか、分からなかった」と言っていた。おそらく父も家の中に居場所がなかったんだと思う。

辛かったね。私をかわいがる余裕もなかったんだろうな。

ときどきこうやってイメージワークで小さい私と父を会わせよう。誤解を解こう。

小学3年生

今日は体育館でポツンとひとり体育座りをしている小学校3年生の私がいた。何回このワークをやっても毎回違う年齢のチャイルドがいる不思議。

そして今日分かったのは、気持ちが落ちているときこそこのワークが捗るということ。その気分にどっぷり浸かれるから。ドヨーンとか、イライラとか、シクシクとか、その感情と関連している過去の自分にアクセスして、原因を癒やすことができる。だからね、最近落ち込むのも苦じゃないのよ。

体育座りしている小3の私に、立ち上がってこちらを向いてもらったら、無表情だけど悲しみ・苦しみが伝わってきた。

どうした?と聞くと、「もう疲れちゃった」って。何か現状を変えるために動いてみたけど変わらなくて、諦めのような感情。

両手を握りしめる。手は冷たく、少し湿っている。あまりに悲しい表情をするから、頭をなでたくなってナデナデ。現実の私も頭を撫でられているような気持ちに。

そっか。疲れちゃったか。辛かったね。がんばったね。えらかったね。

涙が溢れる。

チャイルドの気持ちは全肯定。ただただ「そうだね」って寄り添う。抱きしめて、悲しみ、絶望、虚しさを感じきる。

少し離れてまた来ることを伝えてバイバイ。

このワーク、いつも15分くらいしかしないんだけど、効果は感じていて、少しずつ心が解放されて軽くなるの!面白いんだよな〜

21歳

強い光に包まれた真っ白な空間に茶色いドア。ゴールドのドアノブを回して開けると、丘の上に出た。耳すまのラストで聖司くんと雫が朝日を観にいった場所みたいなイメージ。そこから5mくらい離れたところに21歳のわたしがいる。

少しずつ近づいて手を握る。冷たくて湿った手。何も言わないけど、とにかく「恥ずかしい」という感情が伝わってくる。何が恥ずかしいのかは分からないし、なんでもいいんだけど、とにかく恥ずかしくてモジモジしている様子が分かる。抱きしめて、ただただ受容する。

はぁ。また今日も癒やされた。ありがとう。

まとめ

トラウマなんて存在しないという説もあるけれど、その情報に出会えたのもこのインナーチャイルドを癒すワークを続けたからだと思っています。過去を思い出すのが苦痛だったけど、苦しんでいた自分や家族が愛らしく感じられるようになって、気持ちが軽くなってきました。

癒されない過去の記憶がある方は、試してみるといいかもしれません。精神疾患のある方は、まずかかりつけ医にご相談されることをおすすめします。

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